柴犬の歴史

柴犬の歴史

柴犬

柴犬の歴史は、日本の固有の犬種(秋田犬、北海道犬、甲斐犬、紀州犬、四国犬、柴犬)の中で最も古い歴史があると言われています。その柴犬の歴史は縄文時代にまでさかのぼります。

縄文時代の遺跡から、小型犬の骨が発掘されているのです。その小型犬の骨から、柴犬の祖先がいたことがわかってます。その時代から、人と共に暮らし、狩猟犬として、または家畜や田畑を守る番犬として、人々の身近な存在として飼われていました。

日本人から、今も愛されてやまない日本犬の一つである柴犬は歴史があり、昔から日本人から親しまれていたんですね。

縄文時代にいた柴犬の祖先の多くは柴系であり、額段がごく浅く、大きな歯牙をもち、特に早期のものはほとんど小型です。弥生時代に渡来系弥生人が連れてきた大陸系の犬との交雑があり、弥生犬と呼ばれるようになりました。この弥生犬が日本犬の基礎となりました。

柴犬の名前の由来は、柴の意味が小さいということから来ていると考えられています。また、違う説では、柴の木の色に似ているから柴犬と名前が付いたとも言われています。

そして、16世紀頃に海外から洋犬が流入するまでは、柴犬をはじめとした日本犬の純血種が脅かされることはなかったです。柴犬は長野県を発祥の地とする「信州柴」、岐阜県を発祥の地とする「美濃柴」、そして本州山陰地方を発祥の地とする「山陰柴」の3種類のタイプが存在していました。

しかし、明治時代に入ると歴史の背景から、開国政策が進められ、柴犬の歴史も開国政策には逆らえず、ヨーロッパの犬種が大量に流入し始め、日本犬との交雑が進みました。 その結果、雑種が増え、日本古来からの日本犬の純血種が絶滅の危機まで追い込まれました。

柴犬の絶滅の危機から、日本古来の貴重な犬種を残そうという動きが起こり、昭和3年に日本犬保存会が発足し、柴犬を保存するための活動を開始します。この活動が生まれなかったら、今の柴犬はいなかったと思うとぞっとしますね。昭和11年には、柴犬が国の天然記念物に指定されました。

保存するための活動で、柴犬は、山岳地方の柴犬と小さくて華奢な柴犬と掛け合わせることによって絶滅の危機を乗り越える事が出来ました。そして、柴犬は統一された標準ができました。、絶滅の危機は乗り越えることができましたが、反面、「信州」、「美濃」などの地方名を冠とした土着犬の姿は消えました。

柴犬の歴史はその後、日本犬保存会の活動によって保存され、今では人気があり日本犬の中でも最も親しまれている犬種になりました。また、海外でも人気が高まっています。柴犬は2012年にイギリスで開催された世界最大のドッグショー「クラフツ・ファクター」で優勝しております。本当に海外でも人気がでて、日本犬の顔として活躍してますね。


 

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