ゴールデンレトリーバーの歴史

ゴールデンレトリーバーの歴史

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ゴールデンレトリーバーの歴史はあまり古くありません。19世紀半ば、鳥狩猟の時に、獲物を回収する犬への関心が高まりました。生活に我慢強く絶え、冷たい水の中にも勇敢に飛び込み、力強く泳いで獲物を回収する犬が必要とされました。その必要とされた犬がゴールデンレトリーバーであり、その頃に、品種改良で新たに生み出された犬がゴールデンレトリーバーです。

レトリーバーとよばれる犬種群はレトリーブretrieve(回収するという意味)を語源とした、鳥猟において撃ち落とした獲物を回収する役割を担わされていた犬種たちです。

具体的には、1865年、スコットランドに住む愛犬家の貴族、ツイードマス卿がウェーブのかかった黄色い被毛のウェービーコーテッド・リトリーバー(オス)を購入しました。そのオス犬の名前は『ヌース』です。数年後『ヌース』は『ベル』というメス犬と交配しました。具体的な名前が出てくるのは、犬の歴史ででてくるのは、珍しいですね。

『ベル』はツイード・ウォーター・スパニエルという犬で、今は絶滅してしまいましたが泳ぎの能力にすぐれた茶褐色で巻毛の獲物回収犬でした。この交配の結果、4頭の子犬が生まれました。そのうちの1頭をツイードマス卿は20年以上ブリーディングしました。

その後、アイリッシュ・セターや匂いで獲物を追跡するトラッキング能力に優れたブラッドハウンドの血も加えられ、その犬がゴールデンレトリーバーの祖先と呼ばれています。この時期のゴールデンレトリバーの毛質や毛色は、犬によって大きな相違があり、赤茶から薄いクリーム色まで様々な色があったみたいです。

19世紀の末頃には、ゴールデンレトリーバーはイングランドのほうでも有名な犬となり、英国のケンネルクラブは1903年に「フラットコート-ゴールデン」として登録されました。1911年に単独の犬種として認められ、初めて「イエローまたはゴールデンレトリバー」と呼ばれました。

1920年、ケネル・クラブが犬種名をゴールデン・レトリーバーに統一しました。それまでは、被毛の色の違いからイエロー・レトリーバーとゴールデン・レトリーバーに分けられていましたが、イエロー・レトリーバーは削除されたことになります。

他の国では、1890年代にゴールデンレトリーバーはアメリカ、カナダに持ち込まれていた記録があります。そして、1925年11月、アメリカン・ケネル・クラブに正式登録されました。1932年にアメリカン・ケンネル・クラブがゴールデン・レトリバーを公認しました。

1938年に、ある愛好家のグループが、GRCA(ゴールデンレトリバークラブオブアメリカ)を設立しました。まだ、このころのアメリカでは、ゴールデンレトリーバーは、あまり人気がありませんでした。そのアメリカで人気がでたきっかけは、1977年に初めて開催された「AKCオビーディアンス・チャンピオンシップ」で、チャンピオンとして名を連ねた3頭がすべてゴールデンレトリーバーでした。

日本においては、1970年に輸入されましたが、その当時は、あまり人気がでませんでした。ゴールデンレトリーバーの名が広まったのは、1984年のジャパンケネルクラブ本部展でゴールデンレトリーバーが全犬種最優秀賞に選ばれたことです。

前年の1983年のゴールデンレトリーバーのJKCの登録数はわずか20頭たらずだったのが、1984年の登録数は69頭になり、3倍にも増えました。1994年から3年連続で、日本における人気犬種の2位となり、不動の人気を確立しました。


 

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